サラワクにおける「ツバメの巣」ビジネスの特徴: 新たな技術の導入と持続可能な採集の試み

サラワクにおける「ツバメの巣」ビジネスの特徴:
新たな技術の導入と持続可能な採集の試み


市川 哲 (立教大学 観光学部)


はじめに

 中華料理の高級食材「ツバメの巣」はサラワクの特産品の一つとして各地で販売されている1。州都クチンでの華人商人に対する聞き取りによると、ツバメの巣の主な顧客は半島部マレーシアやシンガポール、香港、台湾、中華人民共和国といった中国文化圏の人びととのことであった。だがクチンやビントゥル、ミリといった都市でツバメの巣を販売している商店に入って観察しても、ツバメの巣を購入している顧客を見ることは少ない。しかしこれらの店舗にはケースに入れられたツバメの巣が多数陳列されており、しかも値段も結構高い。小さなケースにはいった数個の巣に500RM2以上の値段がついていることもある。一体、誰がこのようなツバメの巣を購入するのか、ツバメの巣を売っている店舗は損をしていないのか、と不思議になる(写真1、2)。
写真1:クチンで販売されているケース入りのツバメの巣 写真2:クチンのレストランで提供されるツバメの巣を使用したデザート。一杯50RM。
 またサラワクに居住する人々は、ツバメの巣を食べることはほとんどない。サラワクの華人の中にはツバメの巣を定期的に食べる者も存在するが、ツバメの巣自体の価格が高いため、日常的にツバメの巣を食べる華人は非常に少ない。またツバメの巣を食べるのは華人に限られ、先住民が食べることはまずない。

 不思議に思い、ツバメの巣を販売するある店舗の関係者に聞いてみたところ、実は店頭で来客に巣を販売するだけでなく、マレーシアの他の地域やマレーシア国外へと輸出することが多いとのことであった。そのため、必ずしもサラワクにおける店頭販売だけがツバメの巣ビジネスなのではない。むしろサラワク域外への輸出の方が主流なのである。サラワクのツバメの巣の主な輸出先は香港や中国の各都市である。ツバメの巣はサラワクをはじめ東南アジア各地では「中国文化圏向けの特産品」としての性格を持っているのである。

 近年、この中華料理の高級食材の商業ネットワークに変化が生じている。この近年のネットワークの変化の大きな要因は、東南アジア全域で見られる、ツバメの巣を供給する地域における新たな技術の導入である。その新たな技術がもたらしたのは「洞窟でアナツバメの巣を採集する」という方法から、「人工的にアナツバメに巣をつくらせる」という方法への変化である。それにより、ツバメの巣の採集方法が変化したのみならず、サラワクにおける従来の民族間・地域間のネットワークの構造自体も変化した。近年のサラワク州におけるツバメの巣ビジネスの特徴とは、新たな技術の導入と、それによる高級食材ビジネスの変化だけに限られない。後述する新たな技術の導入は、生物多様性が高く、単位面積当たりの生物量が多く、さらに再生可能な生物資源の豊富な環境に依拠した生活を送る、いわゆる熱帯バイオマス社会における、民族関係や伝統的な交易ネットワーク、人々が志向する知識の性格や自然との関わり方等を変化させたのである。そのため本稿はこの近年のサラワクにおけるツバメの巣ビジネスの変化を、新たな技術の導入とそれがもたらした各種の社会的な変化という観点から報告する3

伝統的なツバメの巣取引

 サラワクに限らず、東南アジアでは伝統的に海岸部や内陸部の洞窟で先住民がツバメの巣を収集してきた。一般にアナツバメは石灰岩洞窟の中の岩壁のくぼみに唾液腺分泌物を用いて巣をつくる(写真3、4)。アナツバメはコウモリと同様、エコ・ロケーションにより暗闇の中でも自己の位置や岩壁の位置を認識することができるため、洞窟の中でも飛び回ることが可能である。そのため伝統的なツバメの巣の採集方法は、特定の先住民が熱帯雨林の中に見つけ、所有している洞窟の中に入り、梯子や櫓を組んで設置し、壁面に作られた巣を暗闇の中で採集する、というものであった。
写真3:アナツバメが営巣する洞窟の入口 写真4:洞窟内部。壁面のくぼみにアナツバメが営巣している。
 このようなアナツバメが営巣する洞窟の地理的な特徴や、洞窟内の暗闇の中での作業には誰もが従事できるわけではなかった。ツバメの巣の採集が可能なのは、熱帯雨林の中の洞窟の位置を知り、そこにたどり着くことができ、さらに洞窟の暗闇の中で梯子を用いたり櫓を組んだりできる先住民に限られていた。いかにツバメの巣が中国文化圏で珍重される高級食材だとはいえ、その採集・流通の「川上」である洞窟の中では華人・中国人は先住民たちに頼らざるを得ないのである。

 このように熱帯雨林の洞窟で先住民によって採集されたツバメの巣は、他の先住民や華人のミドルマンによって購入され、さらに都市部に居住する仲買人(主に華人)に販売され、そこからさらに中国大陸の市場に輸出されてきた。いわばツバメの巣は東南アジア域内の民族集団や華人、および中国や香港の中国人商人といった複数の地域間・民族集団間を経由する交易ネットワークの中で取引されてきたのである。

 この複数の民族集団や地域集団の間でなされるツバメの巣の取引は、サラワク州に限らずボルネオ島各地の「伝統的」な交易ネットワークとも類似しているように見受けられる。ボルネオ島をはじめ、東南アジアでは比較的古い時代から中国やインド、中東、ヨーロッパといった外部世界で珍重される動植物が狩猟採集民や漂海民、焼畑耕作民等によって採集され、それらを他の焼畑耕作民や華人が仲介し、都市の華人や沿岸部のマレー人がそれらを購入し、さらに外部世界に輸出される、という流れが存在してきたが、ツバメの巣もこのようなボルネオ島諸社会と外部世界とを結ぶ交易ネットワークの中で取引されてきたのである。ただしボルネオ島の先住諸民族は基本的にツバメの巣を食用とすることは無く、完全に中国文化圏向けの商品としての性格を持っていた。

 またサラワクの華人社会でも、ツバメの巣は高価なため、自己の健康のために消費することもあるが、日常的に消費する食材というよりも、むしろ特別な機会のための贈答品としての性格が強い。例えば入院患者や退院者、妊婦への見舞品、父の日や母の日の贈物などである。現地の人びとからの説明では、ツバメの巣は特に皮膚や咳等に効果があるため、特に高齢者や病気の人々に対するよいプレゼントになるとのことである。つまり必ずしも自分で食べるために買うとは限らないのである。

 ではサラワクではいかにしてツバメの巣が取引されてきたのであろうか。サラワクに限らずボルネオ島各地では1990年代までは主に内陸部の洞窟にアナツバメが営巣したものを、洞窟を所有する先住民が採集することが一般的であった(Ismail 2002, Chiang 2011)。初期のツバメの巣収集では、洞窟内でアナツバメが抱卵・育児している最中でも先住民が巣を採集したため、過剰な採集により巣の収穫量が次第に減少することもあった。ただ持続的な採集方法が採られている地域も多い。現在でもツバメの巣を採集しているサラワクのタタウ省のカクスでは、洞窟は先住民プナン(Punan)が所有するが、採集は華人の仲介者が行い、決められた時期以外は巣を採らない、という持続的な採集方法も行われている4

 ツバメの巣の採集地は石灰岩の洞窟がある内陸部が中心であり、流通や消費に関わる華人たちは容易にそこまでは到達できなかった。直接アナツバメの巣を採集する先住民たちは洞窟内に営巣するアナツバメの活動や、洞窟内での採集技術に関する知識や技術を有していた。そのため現在でもサラワク各地で行われている伝統的なツバメの巣取引パターンには「洞窟の所有と巣の採集は先住民」、「仲買・流通・精製は現地の華人」、「消費市場は中国」、という比較的明確な民族集団間・地域間の分業が見られるのである5

新たな技術の導入

 このように複数の民族集団間の分業により成り立ってきたツバメの巣取引だが、近年、新たな技術が導入されることにより多大な変化が生じるようになってきた。それが「ファーム・ハウス」(farm house)、や「バード・ハウス」(bird house)、中国語では「燕屋」(yan wu)と呼ばれる、倉庫のような外見の人工的な建物を建てたり、ショップハウスや雑居ビルの上層階を改造したりして、その内部にAerodrams Ficiphagusを呼び寄せ、巣をつくらせるという新技術である(Lim & Earl of Cranbrook 2002, Voon 2012)(写真5、6)。
写真5:倉庫型のファーム・ハウスの外見 写真6:雑居ビルの上層階を改築したファーム・ハウス
 人工的な建築物にアナツバメを呼び寄せ、その中で営巣させ、その巣を入手するというメソッドが、いつごろ、どこで確立されたのかに関しては、あまりよく分かっていないが、おそらくインドネシアではじめにこの技術が確立されたようである(Sankaran 2001, Jordan 2004)。少なくともサラワクでは1990年代にインドネシアからこのファーム・ハウスにツバメを呼び寄せるという技術が伝えられたようである。これに関しても明確な年代や、どこで誰がどのようにして導入したのかは、現時点でははっきりしない。だがこの技術に基づくツバメの巣ビジネスが一般化したのは2000年代になってからのようであり、特に2010年代以降、サラワクおよびマレーシア全域でファーミングと呼ばれるツバメの巣ビジネス(英語ではfarming business、中国語では「燕窩商」や「引燕業」と表現される)がブームともいえる活況を呈するようになった。

 このツバメの巣ビジネスの特徴の一つは、ファーム・ハウスの所有者の大多数が華人であるということである。もちろん先住民が所有するハウスも存在はするが、その数は限られている。その理由はいくつか考えられるが、後述するようなハウスを建設し、内部の装備品を準備し、入手した巣を卸売業者に販売したり国外に輸出したりといった活動には多大な資金やビジネス・メソッドが必要とされ、それが可能なのは華人であることが多いからであると思われる。そのためインドネシアからもたらされたファーミングという新たな技術の導入により、現在のサラワクでは従来のように先住民が危険を冒して洞窟内でツバメの巣を採集し、それを華人が購入する、という方法ではなく、華人商人が中心となって自らアナツバメを建築物に呼び寄せ、安全かつ比較的持続的に巣を入手するという方法が確立されたのである。

 だがこのファーミングという手法は、洞窟の中で巣を採集するという危険かつ困難な作業こそ必要とされないものの、伝統的な巣の採集方法と異なる努力をこのビジネスに参入する人々に課すこととなった。それが、アナツバメの生態や、アナツバメが生息する自然環境に関する知識の追求と、それに基づく技術の開発である。

 ファーミングではいかにして自己の建築物にアナツバメを呼び寄せ、その中に巣をつくらせるかが最も重要な問題となる。そのために、ファーミングに従事する華人商人たちは、いかにしてアナツバメを呼び寄せるかという知識を追及・洗練してきた6。これらの試みは多岐にわたる。例えばハウスの形態を工夫するだけでなく、ハウス内部の環境を整えることにより、呼び寄せたアナツバメを自分のハウス内部に定着させ営巣させることが試みられている。ある華人はハウスの室温は28-29度、湿度は80-90度が好ましいと説明する。パイナップルを半分に切って置いておくとよいと説明する者もいる。またアナツバメが出入りするためのハウスの出入り口の向きも工夫されている。アナツバメが出入りする入口は東側に向けてはいけない、アナツバメは朝、ハウスから出て採餌に出かけるが、その際に出入り口に朝日が差し込むとアナツバメが嫌がるからだ、と説明する華人もいる。成鳥や雛、卵の天敵となったり害を及ぼしたりする猛禽類やネズミ、アリ、ゴキブリ等の駆除もなされる。こうしたメソッドの中でも最も重要なのが、アナツバメの鳴き声を録音したCDやDVD、MP3 等の媒体を使用し、鳴き声を流すことによりハウスにアナツバメを呼び寄せるという手法である。このアナツバメの鳴き声を録音した媒体は非常に重要視され、ハウスのオーナーの中にはPCを用いて入手した媒体を編集し、アナツバメが天敵を恐れている際の声を削除し、巣を作っている際の声のみを残したものを使用する者も存在する。さらに現在、サラワクに限らずマレーシア各地にはアナツバメの鳴き声を録音した媒体や、拡声器、加湿器、スプリンクラー等、ファーム・ハウス関係の器材を販売する専門店も存在する。ツバメの巣ビジネスのための手引書や、ツバメの巣ビジネスのための業界誌(中国語)も販売されたり、ファーミングに関するセミナーまで開催されたりしている7。また他人のハウスに入り巣を盗む者がいるだけでなく、成功しているハウスのアナツバメを呼び寄せるメソッドを盗もうとする者もいるため、そうした人々が近づかないように見張るための防犯カメラを設置する場合もある(写真7、8、9、10)。
写真7:ファーム・ハウス内部のモニターに映し出された防犯カメラの映像 写真8:ファーム・ハウス内部に設置された、アナツバメの声を録音した媒体を再生するための装置。
写真9:さまざまな外見のファーム・ハウス。このハウスは床面積が広く、長屋のようになっている。 写真10:さまざまな外見のファーム・ハウス。このハウスは入口を洞窟のように模している。
 アナツバメを建物に呼び寄せるのに適した生態学的な立地も重要な問題である。現地では沿岸部の泥炭湿地林やプランテーションに建てられたファーム・ハウスはアナツバメを集めることに成功する傾向があるが、内陸部に建てられたファーム・ハウスではアナツバメを呼び寄せるのに失敗することが多いと説明する者が存在する。泥炭湿地林やプランテーションの周辺の生態学的環境は、前述のようにかつて洞窟で先住民が採集していた内陸部とは異なる。そのため新たにファーム・ハウスを開始する人々は、ハウス建設予定地で、あらかじめ録音したツバメの鳴き声を流し、ツバメがやって来るかどうかを確認する等、立地の調査も行っている。

 このようなサラワクにおける現状は、それまでの「洞窟の所有・巣の採集は先住民」、「仲買・流通・販売は現地の華人」、「大規模な卸売や消費は中国文化圏」、という民族間・地域間分業から、「生産から流通、輸出までを現地の華人が行う」という状況が一般的になったことを意味する。いわば、新たな技術の導入は、従来の民族間・地域間ネットワークや自然環境利用方法の変化をもたらしたのである。

 このようにして採集されたツバメの巣はそのままでは食用として用いることができず、様々な手順で精製する必要がある。ツバメの巣には一般に羽毛や汚物が混入しているからである。サラワクにおけるツバメの巣は主にブラック・ネストとホワイト・ネストがある。ブラック・ネストは二種類の食用の巣を作るアナツバメの内のAerodrams Maximusの巣であり、洞窟でのみ採集され、巣に羽毛等が混入しているため黒く見える(写真11、12)。ホワイト・ネストはもう一つの種類のAerodrams Ficiphagusの巣であり、洞窟・ファーム・ハウス双方で採集でき、羽毛の混入が少ないため白く見える。ただ両者とも精製後は白色になる8。そして両者とも精製プロセスの過程を経ることにより、巣の価格も変化する(表1参照)。

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写真11:洞窟から採集された未加工のブラック・ネスト 写真12:巣を精製する女性たち
 一般にファーム・ハウス所有者は混入している羽毛や汚物を取り除き、型崩れした巣を特定の容器に入れ形を整える等の加工作業も行っている。例えばサラワク州の州都クチンのツバメの巣ビジネスを行うある華人ビジネスマンは、自己の工場の中に加工する場所を準備している。そこではマレーやビダユといった近隣住民の女性がプロセス作業に従事している。また人件費が安くプロセスの技術も優れた労働者が多いインドネシア側に巣の加工工場を設置し、インドネシア側で採れた巣のみならず、サラワクで採れた巣もそこに運び込み精製する華人ビジネスマンも存在する。ファーム・ハウスに関する知識と技術がインドネシアからマレーシアにもたらされたのと同様、マレーシア人によるツバメの巣収集や精製が、今度はインドネシア側で行われ、それによって得られた商品や資金がマレーシア側に流れる場合があるのである。さらにはこのようにして採集され、精製されたツバメの巣は、前述のようにサラワクの都市部の店舗で販売されるだけでなく、さらにそこから香港や中華人民共和国へと輸出される。このように、ツバメの巣取引には国境を越えた知識や技術、商品や資金の流れが存在するのである(写真13、14)。
写真13:香港、上環のツバメの巣販売店が集中する地域。 写真14:香港、上環で販売される東南アジア産のツバメの巣
おわりに

 現在のサラワクにおける新たな技術の導入は、「ツバメの巣ブーム」という新たなビジネスを引き起こした以上に、これまでサラワクで存在してきた「伝統的」な民族間・地域間ネットワークに依拠する商品連鎖網を変容させている。これまで見てきたように、近年のサラワクにおけるファーム・ハウスに関する新たな技術・知識の導入は、ツバメの巣取引に従事する人たちに対し、洞窟内部における巣の採用に関わる経験や技術だけでなく、いかにしてファーム・ハウスにアナツバメを呼び寄せるかという生態学的知識や科学的テクノロジーを求めるようになった。そして沿岸部の泥炭湿地林やプランテーションといったそれまでの洞窟のある内陸部とは異なる地域でアナツバメを集め、営巣させるための知識や各種テクノロジーが重要視されるようになった。いわば現在のサラワクにおけるファーミングに関する知識や経験、技術の質は、それまでの洞窟で先住民が中心となって採集する場合の知識や経験、技術の質と根本的に異なってきているのである。

 このような近年のツバメの巣ビジネスに関する新たな知識と技術の重要性は、それまでの異なる地域集団や民族集団間の交易関係に必ずしも依拠する必要がなく、マニュアル・レイバーとしてサラワク先住民やインドネシア人労働者を雇用する以外には、基本的に華人社会内部でのみツバメの巣取引を行えるという状態をもたらした。だが2011年、中華人民共和国はマレーシア産ツバメの巣に含有されるとされる有害物質である硝酸塩の含有を理由に規制するようになり、香港や中国へのツバメの巣の輸出が困難になり、在庫を抱え値崩れに苦しむビジネスマンも出てきた。国際関係や有害物質に関する規制といった新たな要因も、ツバメの巣ビジネスという自然環境と高級食材トレードの商品連鎖に影響を与えているのが現状である(Chew 2013)。
 
アナツバメを檻の中で飼育するのでもなく、飼い慣らすわけでもなく、その肉や卵、羽毛を利用するのでもなく、自然状態の中で生活するアナツバメに営巣する場所だけを準備し、育雛を終えた後の放棄された巣を採集するというツバメの巣ビジネスは、熱帯バイオマス社会における人々の生業という点から見ても、さらに動物と人間との関係という点から見ても、特に興味深い性格を持っている。そしてファーミングという新たな技術の導入は、在地の民族関係や伝統的な環境利用の形態を変化さている。だがその一方で、この技術によって得られたツバメの巣とは、熱帯バイオマス社会としてのサラワクにおける従来の森林産物やプランテーション作物と同様、基本的に外部世界向けの商品である部分で、従来の交易ネットワーク内で取引されてきた多くの商品と共通している。熱帯バイオマス社会の特徴を理解するためには、今後もサラワクおよびサラワクを越えた地域におけるツバメの巣ビジネスには注目する価値があるといえるだろう。


(脚注)
1:中国語で「燕窩」、英語ではedible bird’s nest、マレー語ではsarang burungと表現される食用の巣をつくる鳥類は、日本語でいうツバメ(swallow)ではなく、アナツバメ(swiftlet)という生物学的に異なる種である。この中でもアマツバメ目アマツバメ科アナツバメ属の、Aerodrams MaximusAerodrams Ficiphagus の二種の唾液腺の分泌物により作られた巣が食用になる。「ツバメの巣」は中国では古い時代から貴重な食材として珍重され、唐代には食されていたと主張する研究者もいるが、本格的に中華料理に取り入れられたのは明代からのようである。だがツバメの巣は中国大陸ではほとんど産出されないため、主に東南アジアから輸入されてきた。サラワクもそうした産地の一つである(Lim & Earl of Cranbrook 2002, Jordan 2004, Chiang 2011, 専業燕窩商 2011)。
2:RM(マレーシア・リンギット)は2014年3月の時点で約33円。
3:現地調査は2010年から2014年にかけてサラワク州各地(特にクチン、ビントゥル、ミリ、スマタンといった都市部およびアサジャヤの農村部、クムナ・ジュラロン水系やバラム川、ラジャン川流域)、および中華人民共和国香港特別行政区で断続的に行われた。調査は基盤Sの複数のメンバーとの合同調査、および著者の単独調査の両方がなされた。
4:2010年8月の基盤Sメンバーとの合同調査で得た情報による。
5:ただし華人が全く都市部でのみ活動し、ツバメの巣の「川上」に相当する先住民居住地域や洞窟で活動していないわけではない。華人の中には自ら洞窟に入り時期を決めて持続可能な巣の採集を試みる者もいるが、この中には現地でサムセン(samseng)と呼ばれる華人系ギャングが内陸部にも進出し、巣の採集作業や流通に関与している場合もある。例えばサムセンはカクス地域の洞窟周辺でも活動し、先住民が所有する洞窟の周辺で、持続的な巣の収集や出荷にも関与するとともに、その利益の一部を受け取っているという状況も生じている(石川登先生からのご教示による)。ツバメの巣ビジネスは利益も大きく、また洞窟の所有権やハウスを建てるための土地の権利、流通や販売のメソッド等、イリーガル・ビジネスに従事する人々が参入する余地があることも否定できないのが現状である。
6:アナツバメをハウスに呼び寄せるための様々な工夫についてはJordan(2004)や鈴木(2013)が報告している。
7:このようなファーム・ハウスにアナツバメを呼び寄せるための試行錯誤としては、マレーシアのみならずインドネシア各地でも、建築物の構造やその内部環境の設定、さらには呪術師にアナツバメの呼び寄せを依頼するなど、様々な試みがなされている(Jordan 2004)。
8:ただし洞窟産の巣の中には洞窟の壁面から巣に浸透した各種ミネラルのため黄色や赤色に変色するものもある。


(参考文献)
Chew, Daniel
 2013 The Edible Bird’s Nest Commodity Chain between Sarawak and East
  Asia. Equatorial Biomass Society 7:1-6.
Chiang, Bien
 2011 Market Price, Labor Input, and Relation of Production in Sarawak’s Edible Bird’s Nest Trade.
  In Eric Tagliacozzo & Wen-Chin Chang (eds.)
 2011 Chinese Circulation: Capital, Commodities and Networks in Southeast Asia.
  Durham and London: Duke University Press. pp. 407-431.
Jordan, David
 2004 Globalization and Bird’s Nest Soup.
  International Development Project Review 26(1):97-110.
Lim Chan Koon & Earl of Cranbrook
 2002 Swiftlets of Borneo: Builders of Edible Nests. Natural History Publications
Sankaran, R.
 2001 The Status and Conservation of the Edible-nest Swiftlet (Collocalia fuciphaga) in the Andaman and Nicobar Islands.
  Biological Conservation. 97(3):283–294.
鈴木 遥
 2013 「ツバメの巣ビジネス成功の秘訣:ツバメを呼び寄せるハウスの建築より
  『熱帯バイオマス社会』第12号、7-10頁。
専業燕窩商 編著
 2011『燕窩大全』香港中薬聯商会有限公司。
Voon Ping Kiong
 2012 Bold Entrepreneurs and Uncommon Enterprises: The Malaysian Chinese Experience.
  Malaysian Journal of Chinese Studies 1:101-118.

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