ツバメの巣ビジネス成功の秘訣―ツバメを呼び寄せるハウスの建築より

ツバメの巣ビジネス成功の秘訣―ツバメを呼び寄せるハウスの建築より
鈴木 遥(京都大学 学際融合教育研究推進センター)

ツバメの巣ビジネス成功の鍵はハウスにあり
 サラワク沿岸の都市部を中心に流行しているツバメの巣ビジネス。アナツバメのつくる巣(写真1)を収穫し、売買するこのビジネスでは、大きな巣をいかにたくさん収穫するかが成功を分ける。そのために人々は、ツバメが巣作りをしやすいような環境を備える建物をつくる。本文では、この建物をツバメハウスと呼ぼう。洞窟につくられたツバメの巣を収穫する古くからの方法と違い、ツバメハウスでは、ツバメにハウスを使ってもらい、巣を作ってもらう。そのために人々は、様々な工夫を凝らしている。ツバメの巣ビジネスが成功するかどうかは、ツバメハウスにいかに多くのツバメを呼び寄せ、良質な巣をいかにたくさん作ってもらうか、ここにかかっていると言っても過言ではないのだ。
 本文では、本科研でアナツバメの生態を研究するために使用しているツバメハウス(写真2)について報告する。ツバメハウスの立地や建築方法、内部空間、内部環境の特徴などから、ツバメを呼び寄せるための人々の工夫を紐解くことがねらいである。現地調査を実施したのは、2013年2月14日から2月20日にかけてである。このツバメハウスは、Bintuluから車で半時間ほど行ったSebauhに向かう道路沿いに建てられている。ハウスは2012年に完成したばかりの新築である。現地でハウスの管理をしてくれているT氏によれば、夕方になると少しずつツバメがハウス内へ入っているとのこと。まずまずの滑り出しである。
 本ツバメハウスの建築と管理を行ってくれているのは、主に、T氏とその妻D氏、そしてその息子B氏と娘L氏である。建築作業は、T氏とD氏の暮らすAsapの住民数名によって行われている。AsapはBintuluから車で半日ほど行った内陸に位置する地域である。一方、息子のB氏はKuchingに住み、KuchingやBintuluでいくつものツバメハウスを経営している。娘のL氏はBintuluに住み、木材を伐採・販売する会社を経営している。

ツバメの巣(2013年2月15日にサラワク博物館にて筆者撮影) / The nest of swiftlet
ツバメを呼び寄せるハウスにするための工夫
 マンションやアパートを借りる時、私達は日当たりや間取り、建物の築年数、家賃、駅に近いかなど物件の条件を自分自身の生活スタイルに照らし合わせながら総合的に判断するだろう。同じようにツバメも、そのハウスに住むかどうかを自身の生活スタイル(生態)に合うかどうかで決めているのではないだろか。以下では、当該ハウスの物件の条件に沿って、ツバメを呼び寄せるための人々の工夫点をみてゆこう。
①立地:Bintulu近郊の泥炭湿地。風通し、見晴しともに良好。アブラヤシ農園へのアクセスも良。
 ツバメハウスの立地は、ハウスの建築を統括したB氏がここに土地を所有していたという理由で決定したようである。この土地は元々、周辺のイバン人の所有地であったが、B氏が10~15エーカー1の土地を購入して所有していた。B氏の意見では、泥炭湿地や周辺のアブラヤシ農園にはツバメのエサとなる虫が多いからこの地はツバメハウスにも適しているだろうということであった。ツバメハウス周辺には手つかずの彼の泥炭湿地が広がっている。さらに周辺には、Sebauhへと続く道路沿いにアブラヤシ農園がみられ、点々とツバメハウスが建てられている。当該ツバメハウス近くに高い建物はなく、風が通り、周囲を広く見渡すことができる。
②構法、間取り:木造軸組み、三階建て。入口に吹き抜けあり。風通しを良くする空気孔を完備。
 当該ツバメハウス最大の特徴は木造である点だ。ツバメハウスは一般的にコンクリート造のものが多い。これは、ツバメがそもそも巣をつくる洞窟の環境に近づけるためだと思われる。しかしながら当該ツバメハウスは、建築コストを抑えることを重視したため、木造で建築された。事実、筆者が行った現地調査によれば、当該ツバメハウスの建築コストはコンクリート造ツバメハウスよりも安く抑えられていた2
 当該ツバメハウス(図1)の外寸は、幅:奥行き:高さ=720cm:1800cm:705cmである。ハウス東西側には空気孔が各側面24個ずつ開けられ、塩化ビニルの筒が取り付けられている。ハウス北側の上部には、ツバメの入り口が設置されている。入り口の大きさは、縦:横=60cm:90cmである。入り口の大きさに関して、いくつか他のツバメハウスも見学して比較してみたが、当該ツバメハウスの入り口の大きさは、やや大きめだと思われる。ハウス南東側には、この小部屋に入るための人用の入り口が設けられている。ハウス南側には音響設備などが置かれている制御室がある。
 当該ツバメハウスは簡易な軸組構法で建てられている。基礎をつくり、そこに構造と床下を組み、床と壁に合板を打ち付けることによってつくられている。特に基礎は、泥炭湿地に沈まないように工夫されている。通常のコンクリート造ツバメハウスでは、ボーリングによって深い穴を掘り、石や砂利を敷くという大がかりな基礎工事が必要である。これに対して当該ツバメハウスでは、いくつかの杭状の木材を地面と垂直方向に打ち込み、これらの木材に十字となるように水平方向から木材を接合して固定するという、簡易な基礎工事がなされている。この基礎工事で十分なのかは、この基礎がどれくらいの強度をもつか厳密に評価しないと分からないが、ハウス自体の重量は木造のほうがコンクリート造に比べて圧倒的に軽いため、木造ツバメハウスの場合には大がかりな基礎工事が必須ではないことは少なくともいえる。
 主な建築材料は、Belian (Eusideroxylon zwageri Teijsm. & Binn.)とMeranti (Shorea spp., Parashorea spp.)の角材・板材と、合板である。構造部位の中でも、特に強度と耐久性が必要とされる基礎や基礎から上部へ続く柱にはBelianが用いられ、それ以外の構造部位にはMerantiが用いられている。床、天井、壁には合板が用いられている。部材同士の接合には、柱材や板材にはスクリューや楔が用いられ、合板には釘が用いられている。
 ツバメハウスの構法やデザインは、建築に携わった大工と、B氏の両親D氏とT氏の話し合いによって決められたのだという。特に議論となったのは、泥炭湿地という緩い地盤にどのような基礎をつくるか、についてであった。D氏によれば、Asapでは基礎をつくる際、地面に穴を掘り、そこに約2mの杭材を立てて土を埋め戻しながら固定するのだという。そして、この杭材に水平材をスクリューで接合することによって基礎がつくられているということであった。Asapは土地が乾いているために、こうしたやり方で十分、建物を支えることができるようである。こうした話から、彼らはこれまでの建築の経験に基づいて、当該ツバメハウスの基礎の構法を決定した、ということが示唆されよう。この点は基礎だけでなく、ハウス全体の構法についても言えることである。
 ハウス内部は三階建てになっている。北側は吹き抜けになっており、南側の入り口から入ってきたツバメは一旦、この吹き抜きスペースに入り、その後各階へと入ってゆく。各階には西側に接して出入り口が設けられている。
③内部環境:ツバメの鳴き声が響き、匂いへの配慮も十分。
 ツバメハウスの内部には、約20個のスピーカーが取り付けられている。大きなスピーカーがツバメ用の入口の両側に取り付けられ、小さ目のスピーカーが柱の上部に取り付けられている。このスピーカーは音源を再生する制御室のMP3プレーヤーに繋がっており、ツバメの鳴き声が再生される。このスピーカーから流れるツバメの鳴き声がツバメを呼び寄せる重要な一要素なのだ。ツバメハウスの経営者は、スピーカーの質や設置位置を試行錯誤し、一羽でも多くツバメを呼び寄せられるように工夫を重ねる。D氏は、自分がいかに音響設備にこだわっているかを詳しく説明してくれた。B氏は、ツバメの鳴き声のいい音源を手に入れたんだ、この音源を流せばハウスはすぐにツバメでいっぱいになるよ、と語ってくれた。このようにツバメハウス経営者は、ツバメを呼び寄せるために嗜好を凝らし、工夫を重ねてゆくところにも、ハウス経営の魅力を感じているのだろう。
 ツバメハウス内には、ツバメの好む匂いが漂う。ツバメハウスの各階の床には、ツバメの糞が置かれ、アンモニア臭が広がっている。これは、洞窟内の匂いさながらなのだという。さらに、アンモニアを含む水溶液を壁や床に塗る。新築のツバメハウスは、木材や塗装ペンキなどの匂いがするため、そのままではツバメは寄りつかないのだという。
本科研で使用しているツバメハウス(2013年2月14日にハウス南西側より筆者撮影)/ Bird-farm house using as a research sample for the project
村落と都市をまたぐ家族ネットワークによるハウスの建築
 当該ツバメハウスでは、家族のネットワークを巧みに活用した資材調達や、建築作業などが行われていた。それは、先に述べたB氏の両親であるD氏とT氏の家族によって担われていた。D氏とT氏はAsapに住んでおり、Asapの住民を資材運搬や大工仕事に関わる労働力として起用している。また、両氏の子供の中には、B氏を含め、BintuluやKuchingといった都市部に住む者がいる。スクリューや釘、合板といった建築資材やスピーカーなどの音響機材の調達は、彼らが分担している。以下では、資材調達や建築作業などの家族の分担について簡単にみてみる。
 主要な建築資材である木材は、両氏の娘であるL氏の木材会社が有するBakun近くの伐採コンセッションから伐出されている。木材の伐採・加工の作業は、Bakunに暮らす民族プナンが行った。L氏は木材をコンセッションからボートを用いて川をつたいBakunへ運び、その後、ロギングロードを通ってAsapへと運んだ。その後、木材は、Asapからツバメハウス建築場所へと運搬された。木材の積み下ろしおよび現場での運搬は、主にAsapに暮らしているインドネシア人2~3人が行ったという。一方、スピーカーやアンプなどの音響機材については、B氏がKuchingで購入し、現場へ運んでいる。
 ツバメハウスの建築作業はすべてAsapの男性によって行われている。彼らの主な生業は農業であり、必要に応じて大工仕事も行なっている。彼らは、建築中のハウスに1週間くらい寝泊まりしながら建築作業を行い、またAsapに帰るということを繰り返しながら作業を進めている。一度に作業をする大工の人数は5~6人である。大工はいつも同じメンバーではなく、入れ替わりがある。また、建築現場での木材の運搬は、Asapに暮らすインドネシア人が行っている。現場には常に2、3人のインドネシア人がいて、これらの作業を担っている。彼らもまた、都合に合わせてメンバーを入れ替えながら、作業を行なっている。

ツバメハウスのイメージ図修正JE.jpg

木造ツバメハウスの成功例となることを目指して
 以上、簡単ではあるが、当該ツバメハウスの建築に関して現地調査で分かったことを報告した。当該ツバメハウスは、木造であるという点が他のツバメハウスと大きく異なるが、それ以外は概ね他の物件に遜色のない好条件であるといえよう。またハウスの建築に関しては、D氏とT氏、その子であるB氏が中心となり、Bakun、Asap、Bintulu、Kuchingなどから資材や労働力が集められ、動員されることによって建築されたことがわかった。そこには、村落と都市をまたぐ家族ネットワークの一部が表れているようにも思われる。
 ところで木造ツバメハウスについては賛否両論がある。建築に関わったB氏をはじめとする人々は、木造・コンクリート造に関わらず、いいハウスにはツバメは入る、木造でも問題はないよ、という。一方で、ツバメの生態とツバメハウスに詳しいサラワク博物館のL博士は、木造では室温が上がってしまいツバメは入らないのではないか、と首をかしげていた。当該ハウスがツバメハウスとして機能するかどうかを判断するためには、今後、さらに経過観察を続ける必要がありそうだ。
 また、ツバメの生態に関する研究がさらに進めば、ツバメの生態特性に応じたハウスの改良方法が見いだされるかもしれない。この点も期待して待ちたい。


脚注
1 1エーカー≒0.4ha。
2 クチンから車で1時間ほど行ったSadongjayaにコンクリート造のツバメハウスを所有するE氏への聞き取りと、当該ツバメハウスの建築に関わったB氏などへの聞き取りに基づいて、建築コストを計算した。

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