「東南アジア熱帯域におけるプランテーション型バイオマス社会の総合的研究」 ワークショップに参加して 林田秀樹

「東南アジア熱帯域におけるプランテーション型バイオマス社会の総合的研究」
ワークショップに参加して

林田秀樹(同志社大学)

 先般は、ワークショップにお招きいただき、有難うございました。当日は、充実したコメントができず、またこの文書でのコメントの提出も大幅に遅れてしまい、石川先生、祖田さんを始め、プロジェクト・メンバーの皆さんにご迷惑をお掛け致しましたことを深くお詫び申し上げます。
 以下では、当日十分にできなかった分、改めて少し詳しくコメントさせていただきたいと思います。当日申し上げていなかったことももちろん含まれますし、論旨も異なります。全く別物とお考えください。コメントの内容が的外れであれば、また何かの機会にご批判ください。

魅力的なプロジェクト
 私が、貴プロジェクトの志向のなかで最も素晴らしく魅力的だと思っている点は、2点あります。「熱帯の土地・森林開発と環境依存型経済の維持をトレード・オフ関係とみなす前提を超えることにより、生存基盤の新たな確保の方法を模索している」(プロジェクトHP「目的」欄)という点です。
 普通に考えれば、「熱帯の土地・森林開発」と「環境依存型経済の維持」とは、一方を進めれば他方が後退するというトレード・オフ関係の最たる例のように思われますし、事実トレード・オフ関係の存在を否定はできないでしょう。しかし、そのように「みなす前提」を超えるのだという。上記の記述を読んだときの私の印象は、「両者のトレード・オフ関係ばかりに囚われないで、森林開発で生存圏を浸食されながらも、現地の人々は従来からの環境依存型経済をどのように変容させながら維持しているのか、変容した結果、現地の今の経済社会システムはどのようにワークしているのか、それらについて解き明かそうというのが趣旨なのだな」というものでした。これは面白そうだ!
 プロジェクトの趣旨のなかで私が魅かれたもう1つの点は、「文理融合」という調査研究の方法論に関するコンセプトです。ただしこの場合の魅かれ方は、1点目の「トレード・オフ関係の超克」の場合とは少し違って、「そんなことできるのか。できるのならどのように『融合』させているのだろうか?」という疑念の方が勝っているような魅かれ方でした。できれば素晴らしいことだけれども、本当にできるのだろうか。わずかではありますが、そのように貴プロジェクトの目的を「予習」して臨んだワークショップでありました。以下では、この文理融合に関連した事柄について先に考えていきたいと思います。

文理融合?
 「文理融合」というコンセプトについては、私の理解力不足なのかもしれませんが、「そんなことできるのか」という当初の疑問に対して、ワークショップ参加後には「やはり難しそうだな」という印象が残りました。残念ながら、ほとんどの報告から、文理が「融合」しているという印象を受けることがなかったのです。私の受け手としての能力の問題かもしれません。しかし、あえて自分の能力のことを棚に上げていわせていただくと、「文理融合」とはそもそもからかなり困難な話なのでしょう。文系、理系双方の分野が有機的に連関し合っているという意味での「融合」という状態をつくり出すことができるとすれば、せいぜい以下の2つの形態でしかありません。
 まず1つは、文理いずれか一方の系の個人研究者が自らの専門と関連のある他方の系の特定学問分野に通暁していて、自らの分析にその知識を援用することで意味ある結論を導き出しているという状態です。例えば、パーム油関連製品を製造する産業部門について研究している経済系の研究者が、自らが蓄えた油脂化学の知識を用いて、経路依存的に形成された加工段階の異なる製造拠点の空間的配置の効率性について分析する場合などそうした「融合」の状態を現出させることができるかもしれません。個人研究者の分析・思考・著述の諸作業に環を閉じて完結する文理「融合」、いってみれば単独研究者の「個体内融合」です。この場合、いうまでもなく複数分野の学問で該博な知識を得るための個人の努力は、かなりの水準のものを求められると思います。
 もう1つの文理の融合のさせ方は、上記との対比でいえば複数研究者の「個体間融合」です。各々の専門分野からの特定テーマに関する調査・分析結果をもち寄り、それらを意味あるように組合せて、1つの学問的構造物、具体的には例えば共同著作を作成するという場合です。この場合、「意味あるように」組合せなければ個別の調査・分析結果が「融合」しているという状態をつくり出すことはできません。学問的構造物を意味あるよう組立てるためには、全体の設計図の確かさとパーツ間の接合面の滑らかさ、そしてフィットが欠かせない。いくら図面が立派でも、パーツ間の齟齬や不接触があれば、脆い建物しかできない。パーツ間の接続がそれなりにしっかりしていても、図面がいい加減であれば構造物全体としてのバランスが失われていつかは倒れる。喩えでいえば、そういったところでしょうか。共著となると、単一分野のものでも章間の不整合や無用な重複があれば傷になるのと同様に、文理の垣根を越えて多分野の調査研究で構造物を拵えようとすれば、なおのこと接続面に気を使う必要があるのでしょう。何しろ、パーツごとに材質が相当に異なっているのですから。
 貴プロジェクトが志向するのは、主として後者の意味での文理融合だと思うのですが、いかがでしょうか。そう考えて当日お聞きした報告を思い起こしても、文理が「個体間融合」しているか、そこまでいかないにしてもこのパーツのここをこのように削れば、あるいは前後としっかり噛み合う溝をこう切れば、「融合」の足掛かりになるだろう、といった感想をもつに至らないというのが、正直なところです。
 川水のなかの窒素酸化物を始めとした数種の化学物質の含有量に、異なる地点間、時点間でどのように差異があるか、というテーマの報告がありました(徳地・鮫島・甲山報告)。その調査を例にとると、森林減少、プランテーションの造成と窒素酸化物等の川水での増加との間にある因果関係について分析されており、それはたいへん興味深いものでした。ただ、今後の課題として挙がっているのは同種分析の深化・発展に関連するものだけで、今回の報告で得られた結果と当該河川に棲む魚類の生息個体数変化との間の因果関係や、さらに後者と近隣住民の漁労のあり方や漁獲量の変化との間の因果関係などには言及がありませんでした。次段階で異分野の専門家によりなされるべき分析との間に接合面そのものがない、プロジェクトとして分析されるべき「森林開発により変容した環境依存型経済」という全体との距離・位置関係が像を結ばないという印象だったのです(同様の趣旨のことは、ほかの方からも指摘があったかもしれません)。もちろん、そのことだけでプロジェクトの到達点すべてを評価したことにはなりませんが。

トレード・オフ関係の超克
 関心を覚えたもう1つの点、「トレード・オフ関係の超克」に関連して最も印象的だったのは、加藤報告のなかで、アブラヤシ・プランテーション(あるいはアカシア・マンギウムの産業造林だったかもしれません)が造成されたことにより、そのプランテーションの領域と従来からある森林との接合面でイノシシ等の野生動物を捕獲しやすくなったという調査結果に言及されていたことです(記憶が間違っていれば、すみません)。なるほど、森林は一部失われたけれども、野生動物の捕獲という生業はやりやすくなっているのか、それは現地の人々にとっても思わぬ副産物かもしれない。森林は失われても、残された森林とプランテーションとの間を行き来する動物たちもいるのだな。しかし、捕獲がしやすくなったことで、乱獲が促されて動物たちの個体数が加速的に減少してはいないか。そうした発見や新たな疑問が頭のなかを去来する傍らで、ほかの生業について現地の人々はどのように対応しているのか、その全体像が知りたい、というさらなる好奇心を掻き立てられました。このテーマの場合、冒頭に記した、「熱帯の土地・森林開発」と「環境依存型経済の維持」のトレード・オフ関係の超克という大きなテーマに関する私の興味関心に応えてくれる分析をみさせていただいたように思います。ただこの場合、文理融合とどのように関係させるのか、手許に資料が残っておらず記憶も曖昧なためコメントできず、申し訳ありません。

今後の方向
 現在まで進んでいる各分野のメンバーの皆さんによる調査研究に合わせるかたちで図面を引き直し、併せて分野間の接合面をそれぞれ前後左右との間で滑らかにし、フィッティングに気を配る。誠に僭越ではありますが、そしてまた、ありきたりなことではありますが、それが貴プロジェクトの今後の方向性となるのでしょうか。文章を書くときでも、接続詞は特別大事な品詞です。接続詞ひとつが変われば、その後の展開も変わってきて文章全体がすっきり首尾一貫してくる。そのようなご経験を、皆さんもおもちではないでしょうか。
 最後に付け加えさせていただきますと、石川先生、祖田さん、加藤さん、鮫島さんのご協力も得ながら進めている「アブラヤシ研究会」プロジェクトでは、特別「文理融合」のことは考えていません。せいぜい、文系メンバー中心の成果としての共著書作成の際に、それらメンバーの知識を補っていただくために理系のメンバーからのご協力を仰いで「個体内融合」の一助とさせていただくか、理系のメンバーが主要執筆者となる巻をつくって文系から理系へのサポートで逆の「個体内融合」を図るかのいずれかになるだろうという漠然としたイメージをもっているだけです。文か理のいずれが主でいずれが従かを局面(共著書の巻)ごとに明確にしたうえで、一方から他方に明確な要請をする。要求された方はその趣旨を十分理解して要請に応える、というふうに。ただし、そういう作業に先立って、接合面の滑らかさ、フィッティングだけには可能なかぎり細心の注意を払って図面を引きたいと思っています。私たちには、初めから貴プロジェクトほど立派な構造物の図面はありません。ほとんどすべて、これからです。プロジェクト間の接合面を大事に、滑らかに保ちながら、相乗的に良い研究を進めていければと思います。
今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。

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